お役人様達の王国
浸かっているとぬるく感じるけれど、外に出ると途端に風邪を引いてしまうお役人様達。その暮らしぶりをこっそり教えちゃいます。公務員を目指している人も必見。byCoppa
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商店街振興策
 木村剛のブログに商店街のことが載っていました。ちょうど私がいる部署が商店街振興の仕事をしているので、気になったことを書いてみようと思います。
 
 商店街振興のために役所から自動的に補助金が来るんだけど、アイディアもないし、もう止めたいけど止められないって話がありました。これって全国共通のことなんですね。
 私が住む地域でも商店街に対して補助金を出しています。商店街が特産品を開発したり、商店街を盛り上げるためのイベントに対する補助金なんだけど、毎年事業をやってくれる商店街を捜すのに苦労しますよ。補助金の受け手がなくて。誰も事業をやりたがらないけど、本庁から「今年はこれだけ補助金をつかえ!」って言ってくるし。

 ハッキリ言ってやる気やアイディアのある商店街は、自分達でもうやっています。いまさら役所が考える商店街振興策なんて判で押したようなありきたりの物です。
 商店街の人達も「何とかして商店街に賑わいを取り戻そう」と頭をひねっている人はごく僅かで、ほとんどの人は「お客が来ないから自分の代で店はお終い」と考えています。大体商店街なんて、駅の近くとか街道筋とかで黙っていても客が来ていた場所だったので、特に工夫して人を呼び込むなんてやる気のある人達じゃないんですよ。
 
 役所の方でも、商店街振興ってのは重要施策の一つなので補助金もつきやすいんだけど、担当している本人達は「昔のように商店街が賑わうなんてあり得ない」と思っているはずです。だって何十年も施策を施し補助金を出してもどうにもならなかったんだもの。そのくらい分かってますよ。
 では何故そんな無駄な補助金が使われ続けるのか?。木村さんは「お金を使った=振興にがんばった」という図式があるからだと書いてますが、半分しか当たってません。
 商店街に関しては、補助金をつけるのは知事です。知事が率先して「商店街振興に○千万円つけろ!」と指示してきます。それを受けて県庁の部長が「○千万使わなくちゃならないから、何に使うか考えろ!」と指令を出し、上司の期待に応えたい課長が担当者に「何か考えろ!」と命令するのです。
 木村さんは、まるで知事が知らないうちに役人が補助金をつけるようなことを書いていますが、商店街振興の補助金は知事にとっては重要な選挙対策なのです。
 商店街振興は誰からも批判の来ないありがたい施策です。マスコミは「商店街が疲弊している。何とかしなければ」と言っても、「商店街振興の補助金なんて税金の無駄遣いだ」とは言いません。商店街に補助金を出せばみんなが喜んでくれるのです。だからドンドン出して人気を取ろうとします。
 事実商店街、地元商工会、商工会連合会、みんな補助金バラマキ型保守系知事の選挙地盤です。商工会や商工会連合会の職員給与はすべて県からの補助金でまかなわれています。

 なんでみんな商店街が好きなんでしょうね?。ダムを造るのを止めろと言っても、商店街をつぶせなんて言わないもんね。そのくせ買い物はスーパーに行って地元商店街なんて見向きもしないのに。
 きっと商店街って、みんなの郷愁を誘うんでしょう。自分は利用しないけど、なくなると何か寂しい。商店街ってそういうものです。ノスタルジーが詰まってるんですよ、きっと。
 郷愁でも何でも、国民みんなが「商店街は必要だ」って思ってるなら、税金を投入することは民意に叶ってるんじゃないですか。たとえそれが意味のないイベントに消えて行くとしても、国民が納得するならOKでしょう。それが民主主義ってものです。
 まあ、個人的には商店街振興施策なんて今すぐ全廃した方がいいと思ってますけど。

テーマ:公務員を考える - ジャンル:政治・経済

夕張市幹部の反省
 正式に財政再建団体となった夕張市。毎日新聞が今年度で退職する幹部に聞き取り調査を行ったところ、財政破たんに対する市幹部としての責任を認めた人は32人中9人しかいなかったそうです。
 こういう記事を書くということは、毎日新聞は「夕張市が財政破綻したのは市幹部の責任だからもっと済まなさそうな顔してろ」って考えてるんでしょうね。
 市幹部の発言は、「チェックできなかった」「財政状況を知る立場になかった」「職務に忠実だっただけ」といったもので、まあ普通のサラリーマンが言いそうな文句です。
 
 さて、人間が反省する時ってどういう時でしょう?。
 それは、その状況に陥ったことについて、明確に自分に責任があった時です。そして自分が別の方法を取ることができた場合にのみ、自分の行為に反省し、後悔し、「あの選択は失敗だった」「あの時別の選択をすべきだった」と考えることができるのです。
 逆に言えば、自分にどうすることもできなかった時や、自分に責任がないと考えている時、人間は反省などしないということです。
 
 では、夕張市の財政破綻。市役所幹部は破綻を防ぐことができたのでしょうか?。観光施設をどんどん作って借金をふくらませるという方法ではなく、別の方法で夕張を活性化させる方法があったのに、市幹部の判断でそれを取らなかった場合にのみ、市幹部は「ああ、あの時別の方法を取れば良かった。自分の選択が間違っていた」と反省するでしょう。
 もしそれがなかったのなら、人間は反省することはできません。どうすることもできないことや、自分の力の及ばないことには、人間は諦めるしかないのです。
 さて、夕張市役所の部長、次長、課長と言った幹部連中に、借金をしないという選択肢はあったのか?。その権限はあったのか?。多分なかったでしょうね。幹部にできることといえば、借金していることが分からないようなやり方をせずに、「これだけ借金がふくらんでますよ〜」と正直に言うことくらいでしょう。それをせずに隠蔽工作を行ったのは市幹部の責任だけど、だからといって借金せずに済ますわけにはいかなかったでしょう。

 そう言うわけで、夕張市幹部は当然のように「自分達には責任はない」と考えているわけです。これは人間の心理として当たり前の反応です。
 でも、でもでもでも、マスコミが言ってる「責任」って言葉も、法的責任って言うほど厳格なものではなく、なんとなく曖昧で感情的なものなので、もし私が市幹部だったら、「市幹部として責任の一端を感じています」と言うでしょうね。そう言って神妙な顔をしていればマスコミは納得するんだから。そう言ったからって、「責任を認めたんだから、私財をなげうって借金の一部を返済しろ!」とは言われないでしょう。
 まあこういう口先だけの反省を唱えていたのでは何も解決しないし、マスコミも「幹部は反省しろ!」と口先だけの反省を強要するような報道は止めて、「夕張市はどういう選択をすべきだったのか?」といったことを本気で検討して報道してくれれば、同じように財政危機に瀕している自治体の行動指針になるのにな〜と思います。
 

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少子化の決め手はこれだ!
未婚率上昇
 ここ数年少子社会がやってきて人口が減っていくことが話題に上りますね。新聞やテレビでは「少子化を食い止めなくちゃならない」って意見では一致しているようだけど、では「どうしたら少子化を食い止められるのか?」って事になると決定的な意見はありません。
 「育児休業を取りやすくしよう」とか「児童手当を増やそう」とか、とても少子化の歯止めになるとは思えないような施策しか上がってないのが現状です。
 それもそのはず、子供を産む産まない以前に、若者の未婚率が急増して結婚する人が少なくなっているのに、児童手当が増えたって子供が増えるわけがないでしょう。
 ちなみに、女性20代前半では1970〜2000年の間に未婚率は18%から54%へ3倍に増え、半分以上が未婚者となりました。また、男性30代前半では同じ時期に12%から43%へ、実に3.6倍になっています。これらの年齢層では、その分だけ結婚している人が減って出産も減っているのです。
 では、何故若者は結婚しなくなったのか?。それは「いい男がいなくなったから!」・・・なんてのはウソ。
 本当の理由は、女性が結婚しなくても生きていけるようになったからです。
 どのマスコミでもこのことが取り上げられることはありませんね。私も今までこんな意見を耳にしたことはありません。たいていは「女性の学歴が上がったから」「男が弱くなったから」「若者がワガママになって我慢することができなくなったからだ」「人間関係が希薄になったからだ」というような主観的な意見しか聞かれません。

結婚しない理由
 昔、女性は結婚しないと生きて行けませんでした。働こうにも職がないし、働く女性と言えば小学校の先生くらいのものでした。そんな社会で女性が生きていくためには、結婚して男性に養ってもらうしか手段がなかったのです。
 それしか生きる手段がなければ、生きるために誰もが結婚します。そして女性は家のために子供を産んで育てることしかすることがなかったので、それをしてきただけのことです。
 翻って現代。どの企業でも女性が働いて生活していけます。女性が働くことは当たり前になりました。そうなればもう男性に養ってもらう必要はありません。結婚は女性が生きていく手段から、人生のいろんな選択肢の一つになったのです。
 つまり「結婚しないと生きていけない社会」から「結婚しなくても生きていける社会」になったことが結婚する人が減った理由です。いい事じゃないですか。素晴らしい変化。これこそ進歩というものです。
 この進歩を逆に回そうとしても無理というもの。いったん手にした自由を手放すことなんてあり得ません。昔の日本に戻ることができない以上、また昔のように若者が結婚するようになるなんて事は、絶対にあり得ないのです。
 確かに結婚は素晴らしい。子供を産み育てることは、何物にも替えがたい喜びかもしれません。しかし世の中には他にも素晴らしいことがたくさんあり、何をやっても「個人の自由」が保証されているなら、みんながみんな結婚しなくても不思議はないでしょう。
 まあ、そうは言っても、このまま子供が減っていくと年金とか労働力とか、いろいろ困ったことが出てくるようで、政府としては何とか子供を増やす方策を考えなくてはなりません。
切り札はこれだ!
 年末年始のバラエティ番組で見たのですが、あるコメンテーターが「少子化を防ぐにはどうしたらいいか?」と聞かれて、「強制的に結婚させる」と答えていました。
 真面目な国会議員が「人権を侵すおそれがある!」などと反論していましたが、このコメンテーターは「冗談に決まってるだろが。そんなことも分からんのか!」と怒鳴ってました。
 それを見て私も大笑いしたのですが、よく考えると冗談ではなく、少子化を押しとどめるには、強制的に結婚させるくらいのことをしないと有効な案はないのです。
 そこで!。私が考えた、少子化対策最後の切り札。ある日突然閃きました。オレって天才!?。すばらしい!。これで少子化は解消、出生率はうなぎ登り間違いなしです。以下はその妙案です。

☆未婚の母親になることを奨励する!。

 やっぱ、これしかないでしょ。結婚して男の面倒を見なくちゃならないからややこしくなってくるんです。結婚することなく、子育てだけをできる制度を作れば、賛同する女性はたくさんいるんじゃないでしょうか。
 「女性として生まれたからには一度は出産を経験したい」「夫はいらないけど子供は欲しい」という女性は結構いるのでは?。あまり声に出していう人は少ないでしょうけど。
 女性に子供を産みたいという願望があるなら、少子化で困っている時代、それを叶えてあげない法はないでしょう。
 まず、公的な機関で「精子バンク」のような物を作って、希望の精子を女性に提供します。容姿や学歴、性格、病気の有無などから条件を付けて値段設定してもいいし、全額税金でまかなってタダにしてもいいでしょう。
 人気があるタイプに募集が集中すると、同じような顔の子供がたくさん生まれてしまうかも知れませんが、この際細かいことは言ってられません。少子化を防ぐ方が先です。
 精子は母親に人工授精され、未婚の母には出産費用、子育て費用の援助が与えられます。
 この時費用をケチっちゃダメ。夫婦で出産した人が羨むくらいの金額をポンと渡してやらなければ。タダでさえ後ろ指を指されることや、父親がいないことで不利益を被ることが考えられる未婚の母ですから、応募する人がでてきません。できれば子供が成人するまで、公務員の給料分くらいの金額を支給するのが理想です。
 さらに未婚の母として子供を育てるのがいかに楽しいことかを描いたドラマや映画をバンバン流します。マスコミや著名な映画監督、ミュージシャンを総動員して、感動的な未婚の母奨励作品をこれでもか、これでもかと作り続け、未婚の母になることの心理的障壁を崩していくのです。
 これで日本の少子化は解消。子供はドンドン生まれて、日本の未来は安泰です。
 ただ、結婚する女性がまったくいなくなって、男は相手にされなくなるかも。一生独身で馬車馬のように働かされ、女性が子育てするための資金を税金として納め続ける人生を送ることになります。まさにこの世の地獄!?。
 いいえそんなことはありません。よく考えてください。今の結婚して生活費を稼ぐ生活と大して変わらないでしょ。

テーマ:少子化問題 - ジャンル:政治・経済

福岡市職員また飲酒運転
 去年日本全国に飲酒運転問題を巻き起こした福岡市職員が、またしても飲酒運転で捕まりました。大多数の真面目な福岡市職員の方々には本当にお気の毒です。マスコミ的には「また福岡市職員が!」って報道されるし、「福岡市職員の教育はどうなってるんだ!?」って声が上がるでしょう。この人はアルコール依存症で休職中だったそうです。教育して治るもんじゃないんだよね、アルコール依存症って。

 去年からの飲酒運転撲滅キャンペーンで、「飲酒運転はいけない」っていう認識はかなり広まったと思うけど、それで依存症の人が飲酒運転を止めるかというと、そんなことは絶対にありません。
 今も依存症の人はハンドルを握り続け、どこかで事故を起こしています。統計的にも運転事故死は依存症患者の死因の上位に来てると思います。寿命自体が50歳代とかなり早いですし。
 啓蒙したり厳罰化したりといった方策では、依存症患者の運転事故をなくすことはできません。それをなくすには依存症自体を治さないことには解決しないのです。

 ここで非常に困難な問題に突き当たります。それはまずアルコール依存症の治療が困難なことです。依存症は体の病気と違って心の病ですから。依存症患者の心には「こんな人生、飲まなければやってられない」という荒んだ気持が潜んでします。それが原因となって人を飲酒に走らせるんだけど、その患者に酒を止めさせるには、「もうこれ以上飲んだら俺は死んでしまう。死にたくない。立ち直りたい」という気持にさせなければなりません(底つき体験って言います)。
 それはお説教したり罰を与えたりといったことでは与えられません。いくら病院に入れても3ヶ月もしたら退院して酒を飲み始めます。そしてまた問題を起こして入院の繰り返し。自らが死ぬ思いをして思い知らなければ底つき体験にはなり得ないのです。これが難しい。

 私は道路交通法を改正して、アルコール依存症患者から運転免許を剥奪する事以外に悲惨な事故を防ぐ手はないと考えています。依存症患者に自分で飲酒運転を止める力はありません。必ず飲んで運転します。
 だけど誰を依存症患者と認定するのか?。誰が認定するのか?。治った患者は依存症患者か?。どのくらい病がひどければ依存症と認定されるのか?等々、解決困難な問題が山のようにあるのです。
 個人的には、「1回でも飲酒運転をしたら即免許停止の上、永久に免許を与えない」ってのがいいような気がしますが、それだと免許がもらえない人が山ほど出てくるでしょうね。運転免許って、仕事をする上で欠かせない物なので、失業者の増加にも拍車をかけるでしょう。

 いろいろと難しい問題が山積みだけど、現状はアルコール依存症患者の飲酒運転問題に何も手をつけてないという状況です。担当するお役所がどこか決まってないからね。警察?保健所?精神病院?厚生労働省?どこもそんなややこしい問題には手をつけたくないでしょう。でもこうしているうちにも依存症患者は今日も運転をしているはずです。なんとかこの問題を問題として捉え、解決のための方策を考え始めて欲しいです。
 最後にアルコール依存症患者って、たくさんいるんですよ〜。治療をしてない人を含めたら何百万人っているんじゃないですか?。ほらあなたの隣にも。一度スクリーニングテストを受けて、自分や知人が依存症じゃないかどうかチェックしてみてください。

久里浜式スクリーニングテスト
国家的な目標を掲げることはあり得ない
 60年前日本は戦争に敗れ、焼け跡から復興を成し遂げました。それ以前も明治維新から列強に追いつく事を国家目標とし、ひたすら復刻強兵の道を歩んできた訳だけど、敗戦でその夢は破れ、今度は経済を発展させることを国家目標にして突き進んで来ました。
 その夢は一応実現されたと言っていいでしょう。日本は先進国の仲間入りをし、生活は豊かになりました。歴史的に見ると「近代化を成し遂げた」わけです。「国を豊かにする」「先進国の仲間入りをする」といったハッキリした目標がある時は国も国民もそれに向かって突き進むことができるけれど、一旦目標を達成してしまうと、その後どうすればいいのか分からなくなってしまいます。
 「国を豊かにする」という目標を達成した後、次は何を目標にすればいいのか?。環境保護か?、平等な社会を作ることか?。ハッキリ言って国が何かの目標を定めることは、もう不可能になってしまったのではないでしょうか。
 国が目標を見失ったあとは個人が自分の目標を立てて日々生きるしかありません。個人の目標だから個人によってバラバラです。ある人は会社で出世することが目標だったり、ある人はボランティアで地域に貢献することだったり、またある人はいろんな人と恋に落ちて楽しく過ごすのが目標かも知れません。
 こんな状態だと国全体が元気になったりすることはないでしょうね。近代化の後の成熟社会とはそういうものです。たとえ国が新たな国家目標を掲げてみたところで国民全体が賛同するなんて事は考えられません。
 何だか冷めてるみたいで元気がないみたいだけど、いいんじゃないですか。国全体が豊かさを求めて頑張ってる時期って、そりゃ活気があるかも知れないけど、その裏で公害が発生したってほったらかしだし、国民の健康が損なわれたって経済優先で何の手当もされなかったり。安い賃金でこき使われ、休みも取れず、ひたすら国や会社のために働かされたりと、国家目標の前には個人の人権なんてないがしろにされるような社会よりよっぽどマシじゃないですか?。